December 2


イルミネーター

 国道を東に向かい、歩道橋のある交差点を左に入る。
 似たような形の家が密集している住宅街の坂道を上ると、ちょっとした渋滞が出来ていた。
 目指す場所はもうすぐだ。冬の夜に浮き上がった生き物みたいな車の列に並び続けると、その家は見えてくる。
 電球でラッピングされたような家の前で、嬉しそうに見物人へ説明している人がいた。
 その人は、こちらに気づくと大きく手を振り上げて、車庫への道を開く。
「すいませーん。娘が帰ってきたので、少し空けてもらえますか?」
 そう、彼は私の父親。そして、イルミネーター。
 
◇ ◇ ◇
 
 イルミネーションを趣味とする人のことを、イルミネーターと呼ぶらしい。
 初めてその言葉を聞いたとき、私の頭をある映画のテーマソングがよぎったのはいうまでもない。
 何、その破壊力。趣味ってもう少し気楽なものでもいいんじゃないの?
 実際、この時期の私の日常は破壊されまくっていた。
 家に帰るまでに軽い渋滞に巻き込まれる。ベランダまで続く業務用延長コードのせいで、部屋の窓は常に数センチ開いている。隙間風が一番寒いんだってば。
「彩。ご飯できたわよ」
「はーい」
 返事をして一階に下りると、私は椅子に座った。食卓の真ん中には土鍋が陣取っている。
「また、鍋?」
「だって、父さんがいつ食べるか分からないでしょう? それに冬だし。楽だし」
 母さんの本音は最後のところにありそうだ。まあ、いい。どれも正論だから。
 
◇ ◇ ◇
 
 半分食べ終わった頃、父さんが外から帰ってきた。第一波への説明が済んだんだろう。
「やっぱり、毎年来る人は目の付け所が違うね」
「だからって、毎年変えることないでしょう。大体、去年買ったLEDはどうしたの」
「それがね、青色っていうのは何だかクリスマスらしくなくてね。昔ながらの電球のほうが温かみがあるよね」
「今までの電球より明るいってあれだけ褒めてたじゃない」
「おお! 良く覚えてるな。さすがは俺の娘。だから、今年は電球の数を二倍にしてみたんだ」
 この物価高になんて恐ろしいことを。謝れ! 全国の節約家に心から謝れ!
 箸を握りしめる私に気づかず、父さんは黙々と食べ続ける。
「と、いうわけで今日も晩酌はなし。じゃあ、次の説明行ってくるよ」
 そう言うと、父さんは立ち上がり玄関へ向かおうとする。
 少しは経済的なことも考えているわけね。それはいいことだと思うけど、問題はまだある。
「ちょっと、待った」
「何? 手伝ってくれる?」
 んな訳ないでしょうが。はっきり言うとすねるので、簡単に用件のみを言う。
「雪がちらつく前に、二階の延長コードを何とかしてくれる約束でしょう?」
「ああ、あれ。うん、勿論覚えてるよ。来週、するから」
 途切れ途切れの返事が怪しい。私は畳み掛けるように続ける。
「大寒波は目の前なの。今日、何とかして」
「今日か……」
 両腕を組んで、父さんは真剣に考える。
「うん、何とかなるだろう。次の説明が終わったら、材料を買ってくるから」
 普通に取り外してくれればいいんだけど、また何やらやるつもりだ。
 仕方ない。今日は金曜日だし、ゆっくりテレビでも見ながら夜更かししよう。
 お風呂に入った後、リビングのソファに寝転んでだらだらと映画のハシゴをしていると、父さんが二階から下りてきた。
「いやー、いい仕事をした。これでバッチリだ」
 どうやら無事に窓が閉まるようになったみたい。だけど、説明は長くなりそうなので、聞きたくない。
「じゃあ、私は寝るね」
 入れ替わるように自分の部屋に戻ると、隙間風の吹かない幸せを噛み締める。
 満足した私は、さっさとベッドにもぐりこんだ。
 
◇ ◇ ◇
 
 朝日が眩しい。久しぶりに熟睡した気がする。
 もう少し、この幸福感を味わっていたいな。
 私はごろんと身体の向きを変えると、もう一度目をつぶろうとして、あるはずのない人影に息を飲んだ。
 どういうこと? この部屋を通らないと、ベランダには出られないのに。
 一階からは父さんと母さんの声が聞こえる。と、いうことはこれは誰だ? どうやってここまで上った?
 こういう時って本当に声が出ない。とにかく、ここから逃げなきゃ。幸い、相手はこちらに気づいていない。
 ベッドから転げ落ちるように下りると、後ずさりして扉へ向かう。と、何だかおかしなことに気づいた。
 この人、小さくない?
 私は恐る恐るカーテンの隙間を探り、人影を見た。
「あー!」
 赤いとんがり帽子、白い髭。ちょっと小さいけど、それは紛れもなくサンタクロース。
 朝日に照らされたその顔は、どこか誇らしげだった。
 犯人は決まっている。私はこの怒りを足音に込めながら、階段を駆け下りる。
「何よ、あれ」
 朝一番の台詞がこれとは情けない。
 父さんはコーヒーを飲みながら、ちらりとこちらを見た。
「いやあ、やっぱり駄目だった?」
「駄目に決まってるでしょう!」
「ごめんごめん。急だったから、あのサイズしかなくて。今日、もうちょっと遠くのホームセンターに行って、でかいの探してくるから」
 そういう問題じゃない!
「そうじゃなくて、もっと大切なことがあるでしょう」
 朝、驚かずにすむとか。こんなに情けない思いをしないですむとか!
「顔? それは大体決まってるんだよね、型が」
 駄目だ。話にならない。
「もういい。絶対あの場所に何か飾るって言うなら、私が行って決める」
 
◇ ◇ ◇
 
 いつもは作業服の人がいる通路に家族連れが溢れていた。
 店内に流れる曲も御馴染みのクリスマスソングばかり。どれも簡単に口ずさめる。
 どうやったって季節が廻ってこの時期がくるというなら、不機嫌な顔を続けるより諦めたほうが早いのかもしれない。
 上機嫌の父さんが語る専門用語すらBGMの一部だと割り切って、私は目的の物を探した。
「これだ」
 ちょっとへこんだ紙箱を棚からひっぱり出す。商品名はクリスタルフラワーライト。ひねりのない名前だけど問題ない。
 半透明だから日中は目立たないし、立体オブジェに比べたら邪魔にならない。
 自分の選択に満足しながらレジに向かった私は、それがどんなに設置しにくいものかは全く分かっていなかった。
 薄い花びらに巻き付いたコードを外すのに苦戦。外に向かうように取り付けるのに大苦戦。
 白く光る花が見事に二階に咲き誇る頃、あたりは真っ暗になっていた。
「いやあ、有意義な一日だった」
 父さんは薄着のまま、嬉しそうにベランダを見上げた。
 私は早くこの騒ぎがおさまってくれることを願いながら、電球のアーチをくぐる後姿を眺める。
 工具片手にスキップでもしそうな勢いに、もう笑うしかない。
 クリスマスまでは時間がある。父さんの冬はまだまだ終わらない。
 
 
                                        <了>
Story by 香下若菜


お題:「イルミネーション」「サンタクロース」「クリスマスソング」

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