December 12


最後のキャンドル
 
 それは、ひとりぼっちのお留守番の日のこと。
 窓の外では冷たい風が枯葉を運んでいる。
 ジョゼフは外からの声に気づいて、玄関の扉を少しだけ開けた。
「こんにちは、ジョゼフ」
 目の前に立っていたのは、隣の家のおばあさんだった。
 扉をもう少し開けると、リビングの方を振り返りながら、ジョゼフはぽつりと言う。
「今日はみんなで、買い物に行っているんだ」
 いたずらがすぎて、連れて行ってもらえなかったことはだまっておいた。
 家族がいない家はなにかの抜け殻のようで、がらんとしている。
 最初は好きなだけおもちゃやテレビを独り占めできると思ったけれど、一時間で飽きてしまった。
「町まで行っているからすぐには帰ってこないよ」
「そうかい。これを届けに来ただけだから、気にしなくて大丈夫」
 そう言うと、おばあさんはバスケットを足下に置いた。
「それ、何?」
 ジョゼフは気になって外に出た。
 思ったより外は寒くない。陽の光は冬へ、つかの間の暖かさを運んできているようだった。
 おばあさんはふふふと笑うと、バスケットを大きく開けた。そこには茶色の蔓と葉っぱが入っていた。
「リースだよ」
「ウソだ」
「どうしてそう思うんだい?」
「丸くないし、きれいでもない」
「ああ、このままだとそうだね。でも、こうして」
 おばあさんの両手の中で、くるくるくるると蔓が丸められていく。それは、あるべき姿に戻るようだった。
 最後に残った蔓を巻き込むと、あっと言う間にリースの土台が出来上がった。
「さて、後は飾りつけ」
 そういうとおばあさんは、バスケットの中からヒイラギの葉を取り出した。
 ジョゼフは草むらに隠れきれなかった野うさぎのように、リースをじっと見つめた。
「こうやって、蔓と蔓の間にさしていくよ」
 きらきらと光る固い葉が幾重にも重なり、土の匂いのする蔓が、次第にみずみずしさを取り戻す。
「あとは、姫リンゴと麦の穂」
 小さな赤い実を見た途端、ジョゼフの瞳はきらりと光った。
 おばあさんはそれに気づいて、ジョゼフを見てにこりと笑った。ジョゼフは大丈夫そうだと思いながら言う。
「僕がつけてもいい?」
「いいよ。だけど、ヒイラギには気をつけて」
 おばあさんに言われたとおり、ヒイラギに手が当たらないように注意して、ジョゼフは赤い実を取り付ける。
 金色に揺れる穂と、つややかな赤い実が、誇らしげにリースを彩った。
「で、最後の仕上げが、これ」
 おばあさんが取り出したものを見て、ジョゼフは声をあげる。
「キャンドル!」
 四本の白いキャンドルをつけて、リースは完成した。
「キャンドルが付いたリースなんて初めてだ」
 リースを吊るすために、細い蔓を小さくまとめるおばあさんに、ジョゼフはにこにこしながら言った。
 寂しかった留守番のことなどどこかへ行ってしまっていた。
 上機嫌なジョゼフにおばあさんは注意を促がすように言う。
「だけど、一度に火をつけてはいけないよ」
「どうして?」
「これは、一週間に一本ずつ火をつけるんだよ。最後の一本はクリスマスイブまでとっておくんだ」
 ジョゼフは納得がいかない。
「全部つけたほうが、ぜったいキレイだよ」
「待ちわびるっていうのが、必要なんだよ。少しぐらい焦らされるほうが、楽しくなるだろう?」
「そんなものかな?」
「そんなもんさ」
 おばあさんは微笑むと、そのまま帰ってしまった。
 
◇ ◇ ◇
 
 それからすぐに、一本目のキャンドルに火を灯す日が来た。
 玄関の扉につけられたリースに灯りがともる。
 外の風は冷たいのに、そこだけ暖かくなったような気がした。
 ジョゼフは全部つけたかったけれど、ちょっとだけ我慢することにした。
「ちっとも楽しくないや」
 二本目、細いキャンドルはすぐに消えてしまう。
 もっと大きなキャンドルに取り替えてしまおうとも思ったけれど、小さなリースには小さなともしびが似合っている。
 恨めしそうにリースを見ながら、ジョゼフは家へ入った。
 ツリーに飾るクッキーの香ばしい香りが家中を包み込んでいた。
 色とりどりのアイシングを混ぜながら、ママが手招きする。
 茶色の土台に原色の絵を描く妹たちの隣に、ジョゼフも並んだ。
 三本目をつける頃、外には雪が降り始めた。クリスマスの準備もほとんど終わりに近づいている。
 だけどまだ、クリスマスは来ない。キャンドルは残っている。楽しいクリスマスはこれからだ。
 ツリーの下にはきらきらと光る大きなリボンでラッピングされたプレゼントが開かれるのを待っている。
「もうすぐだ」
 ジョゼフは扉の前に立ち両手を白い息で暖めながら、残ったキャンドルを見て呟いた。
 最後のキャンドルは真っ直ぐに立ち、出番が来るのを待っている。
 その誇らしげな姿に、ジョゼフは満足そうな笑みを浮かべた。
 ピンと伸びた背筋がキャンドルそっくりなのも気づかずに。
 リースは緑をますます濃くし、悠然と白い雪と向き合う。
 雪の光が反射して、ヒイラギの葉が小さな宝物のようにきらりと光った。
 
 
                                         <了>
Story by 香下若菜


お題:「キャンドル」「リース」「ヒイラギ」「クッキー」「リボン」

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