December 17



 クリスマスは恋人と、なんて、誰が決めたことだろう。

「うん、五限終わってからだと間に合わないから。代わりに――うん、うん。コルクボードに貼ってあるやつ。……それはクリーニングの引換証じゃ――そう、その薄緑っぽいヤツ。頼みます」
 おっけー、という脳天気な返事を受話口の向こうに聞いて、静かに電源ボタンを押す。ぷつり、と切れた電話の先で、あの人はきっと、先日新調したばかりのコートに袖を通し、いそいそと出かける準備をしていることだろう。

「よっ、恵。今日は最後まで出てくのか?」
「出ないと単位くれないっていうんだから、出ないわけにもいかんでしょ」
「あんなの脅しだろー。俺はさっさと抜けて、お台場へレッツゴーだぜ!」
 何故にお台場。そう問いかけて、ふと思い出す。この底抜けに明るい友人は、つい一月ほど前に半年越しの恋を実らせたばかりだ。そりゃあ、嫌がらせのような授業をすっぽかしてでも、お台場に駆けつけたくもなるか。
「……しかし。何故にお台場……。もっと近場で済ませりゃいいものを」
「いやー、あけみちゃんがさー、お台場の観覧車に乗ってみたいっていうからさ〜。あそこ、何個か全面透明なやつがあるの知ってるか?」
 知らん、ときっぱり言いそうになったが、そういえばこないだ聞いたような気がする。「シースルーゴンドラはム○カ気分」とかなんとか……。
「あれ、高所恐怖症の人間には地獄らしいよ。大丈夫なのか、お前のあけみちゃんとやらは」
「いや、むしろ俺が駄目だが、でも大丈夫、あけみちゃんだけ見ていれば怖くないさっ!」
「好きなだけ見てろ。そして周囲の視線も気にせずに、思う存分ラブラブしてろ」
 浮かれ飛んでいるヤツの耳にも、呆れ返った声はちゃんと届いたらしい。少しだけむっとして、そしてふふんと鼻を鳴らされた。
「やっかむなよ、あとで写メってやるから」
 いらんわ。
「なーに言ってんの、恵クンには立派な彼女がいるんじゃなーい。今夜は自宅でしっぽりクリスマスでしょー? ううん、羨ましいっ」
 声と共に背後から襲い掛かってきた衝撃に、どうにか耐え忍んで声の主を窺えば、確か昨日で今年中の講義を終えて一足早い冬休みに入っていたはずの学生会々長が、にやにやと書いてあるような顔で脇腹をぐりぐり抉ろうとしている。
「ちょっ、痛いですって……。って会長さん、今日は授業ないんじゃ」
「いやー、学生課に呼び出し食らっちゃってさー。年内に出さなきゃいけない書類があったんだって」
「家近いと大変っすね……」
「まー、どーせ今日もバイトしか予定ないし? いーんだけど。だから恵クン、彼女と二人で食いに来て。12月限定のクリスマスプレート、結構うまいよ?」
 ファミレスでクリスマス。確かに大学生の懐事情を考えると、それが実に妥当ともいえる。しかしだ。
「いや、もう昨日から仕込みしてあるんで――」
「なにー!? ケイさんの手料理でクリスマスだとー! お前、羨ましすぎるな、まじで!」
「――いや、仕込んだのもあとで焼くのも全部、俺」
「……ちなみに献立は?」
「鶏の丸焼きです」
「えええええ、あれって家で作れんの!?」
「オーブンレンジがあれば何とか。今年は本格的なクリスマスディナーが食べたいと夏頃から言い続けられ、もう抵抗する気力も失せました」
 去年のクリスマスがカレー鍋だったのを、未だに根に持っているらしい。その前の年は確か肉まんだったから、毎年着実に進歩はしてるんだが。
「なんか、お前ってば、どんどん違う方向に進化してる気がする……」
 ああ。俺もそう思ってる。
「で? そのケイさんはどうしたの? いつも一緒なのに」
「今日は三限で終わりなんで、先に帰ってクリスマスの飾りつけをしてるようです」
 12月に入った途端に家中を赤金緑に染めようとしたので、それだけはと懇願してやめてもらったが、一月弱我慢した反動で、恐らく今頃家中はツリーよろしくデコレーションされていることだろう。ああ、ドアを開けるのが恐ろしい。
「……らぶらぶだな」
「らぶらぶね」
「違いますよ。俺らはただの同居人ですから」
 この台詞を、大学に入って何度口にしたことか。
「いや……ただの同居人が一緒にクリスマス祝うか? 普通」
「年中行事は大切にしたいと言われて仕方なく」
「いやー、それでちゃんと付き合う方もすごいんだけど。ってか、それで付き合ってないってのが不思議なんだけど」
「っていうか、付き合っちゃえばいいのに」
 この台詞も、何度耳にしたことか。
 それでも、俺達はきっと、ずっとこのままだ。
 友達よりも身近で、家族ほどには立ち入らず。恋人ほどにべったりせずに、仲間よりは近い距離で。
 しかし、この三年で抗議も訂正も言い飽きたので黙っていると、先輩は毒気を抜かれた顔で、はたはたと手を振った。
「ま、いいんじゃない。自宅でまったりクリスマスってのが本来あるべき姿らしいし」
「え、そうなんすか?」
「そんなことより、あんた達、こんなとこでのんびりしてていいの? もうじき四限終わるけど?」
「げっ、やっば……じゃっ、メリークリスマスっ!」
 しゅたたっと忍者よろしく駆けて行く友を見送り。
「じゃ、あたしもこれで。正月もずーっとシフト入ってるから、お節と雑煮に飽きたら顔出してよ」
 ばいばい、と手を振って学生課に消えて行く先輩を見送り。
 そして一人、人気のない構内を、三号棟目指して歩き出す。

 家に帰れば、鶏の丸焼きと、スーパーのケーキ。
 飾らない笑顔と、他愛ないおしゃべり。
 1000円以内のプレゼントは、ツリーの下に置いて。
 明日の朝はきっと、お互いの口から盛大な文句が飛び出すことだろう。

 ほら、俺達のクリスマスは、こんなにも愉快で、楽しくて。
 色気も素気もないけれど、笑いと感動がいっぱいで。
 だから、俺は心から思えるよ。

「クリスマスは恋人と、なんて、誰が決めたことだろう」
「うーん、少なくとも、わたしじゃないなー」

Story by seeds



 「ADVENT CALENDAR 2006」で初のお目見えとなった「ケイさんとめぐみクン(仮)」シリーズ初のちゃんとした小説です(爆)
 めぐみクン視点で描かれる、大学三年生のクリスマス。「クリスマスは恋人と」なんて盛り上がってるのは日本くらいなもんらしいですが、そこにこういう路線から異を唱えるのもアリかな、と(^^ゞ
 最初はお題の「七面鳥」と「シャンメリー」を使おうと思ったんですが、七面鳥まではさすがに手が回らないだろうし、大学生でシャンメリーはないかな、と没にしました(^^ゞ


お題:「ケーキ」「贈り物」「クリスマスツリー」

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